創業半世紀の楽器屋、ハナムラ楽器である。
参考リンク:ハナムラ楽器 ディープレポート Vol.32
楽器屋という言葉を使うと一般的な“お店”のイメージだが、実際は工房といったほうが正しいかもしれない。
入り口は薄汚れたガラスの引き戸に「冷やかし歓迎」という文字。中に入ると、売り物なんだか私物なんだか分からないような楽器が、木屑まみれで展示されている。ギターやベースならともかく、ネックが2本ついたエレアコや和琴のような見たことのない楽器まである。
もうこの時点で“ちょっとヤバい”のは直感的に分かるのだが、その店の奥に店主はいつもかわらず居る。御年82歳の楽器職人、花村芳範さんだ。ハナムラ楽器という店の名前は、もちろん花村さんの名前から来ている。創業は1961年だから、もう半世紀以上の歴史をもつことになる。(うちの両親も生まれる前だ!)
楽器職人としてはの花村さんは確固たるポリシーをもって楽器を作り続ける、本物の職人だ。
「ウチの楽器はねえ、見た目はたしかに汚いかもしれないけど、抜群に鳴るよ。音は一番だよ」
そう言いながら、花村さんは自身の楽器づくりについて語りだす。こっちが何も訊いていなくても、どんどん勝手に喋ってくれる…。相手が誰でも楽しそうに語り、一回聞いた話でも何回も繰り返す、そういう好々爺なのである。
ハナムラ楽器の歴史は非常に長いので上記のリンク先を拝読していただきたい。
初めて花村さんの店を訪ねたのは3、4年ほど前だと思う。
ハナムラ楽器の存在自体は、以前ゆらゆら帝国の亀川千代さんがベースを直してもらった、というエピソードが某雑誌に書かれていて、それで知った気がする。それを知ったときには既に東京に来て数年経っていたけれど、明大前のすぐ近くにあることを知らなかったので、なんだかんだいって訪れたことはなかった。(僕は上京して以来ずっと京王線沿線に住んでいる)
たしか夕方から人と明大前で会う約束をしていて、その直前に時間を持て余していたので思い出して店に寄ったのが最初だと思う。店の外観があんな感じなので、かなり恐る恐る入った記憶がある。
当時お店にはお目当てであるベースは1本しかなかった。花村さんの楽器は原則的に受注生産のスタイルをとっているのでいわゆる“吊るし”の在庫はあまり多くはないのだ。そのとき壁に掛けられていたベースはいわゆる普通のジャズベースタイプの楽器だった。色はコーヒーっぽいブラウンバーストだ。
当時店にあったジャズベース |
試奏をお願いすると「うちはベースアンプないから、ギターアンプでもいい?」と確認する花村さん。
そして手渡されたベースを鳴らすと、驚くような音が出てきた。
軽く弦をはじいただけで、ものすごい低音。ギターアンプから鳴らしているにもかかわらず、太く低く響くような重たい音だ。それでいて、サスティーンがとても長い。音の余韻がびっくりするほど長く聴こえる。形は普通のジャズベースだが、自分の知っているFenderの音とは全く別物の音色だった。
なぜこんな音が出るのかと尋ねると、花村さんはこう答えた。
「ウチの楽器はぜんぶ完全な一枚板のボディだから。しかも30年,40年って寝かせた木で作ってるからよく鳴るんだよね。塗装も硝化綿ラッカー100%なんで、楽器の振動を抑え込まないからサスティーンも伸びるよ!」
話し出すと止まらない花村さんだが、音が良いのは要約すると以下のこだわりによるものらしい。
その1 ボディは完全な1枚板で作る
Fenderをはじめ、多くのエレクトリック・ギターやベースのボディは2枚ないし、3枚の板を横で継ぎ足したマルチピースだ。極上の材と謳われていても、ボディを2枚に割って中央で繋ぎ直したブックマッチ・2ピースがほとんど。しかし花村さんはそれを嫌う。2ピースや3ピースだと、いくらボディが大きく良い材だとしても接着面で振動のエネルギーが分散してしまう…ということらしい。
ボディ全体が継ぎ目のない1枚の板として振動することで豊かな響きが得られる。これは良質なアコースティク楽器がそうだからという理由で、ヴァイオリンにしろ、アコースティクギターにしろ、同じだという。なので生音も大きくなる。(思い出すと、確かに安物の単板楽器というのは表板や裏板の面積を稼ぐために板を横で継いでいた)
ハナムラ楽器店内で、眠っている加工済みボディー材 |
もちろん木材難が嘆かれる現代ではそういった大きな単板1枚板はなかなか手に入らず、仮に手に入っても超高額になってしまうが、花村さんは40年以上前からストックしている木材を使うことで実現している。今木材屋で買ったら数十万はするという木材が、花村さんの店には山積みになっている。もちろん、すべてが単板材!
つまり花村さんは、ヴィンテージ楽器のように何十年も前から寝かせた木材で新品の楽器を作ることができるのだ。これも冷静に考えてすごいことだ。
その2 硝化綿100%のオールラッカー塗装
もうひとつのポイントは、塗装。
花村さんはすべての楽器を硝化綿ラッカー100%で仕上げている。硝化綿とは、セルロースのことなので、セルロースラッカーと同様のものだ。
すべての楽器が単板&オールラッカーだ |
オールラッカー塗装、というとこれまたヴィンテージFenderのような塗装を想像しがちだが、花村さんのラッカー塗装は根本的に違う。木の質感を損なう目止めや着色プライマーは使わない。トップのクリアラッカーもつや消しを一回吹くだけという非常に薄い塗装だ。
そして塗料に含まれる染料は花や植物、時には野菜やお茶などを使って花村さんが自分で配合している。ハナムラ楽器の独特なカラーリングはこの天然由来の染料を使っているのが大きい。
目止めをしないで薄く塗られたラッカー塗装の表面はサラサラとしている。実はこれがポイントで、光沢を出すためにツルツルに磨いたり、分厚いクリアー層があるグロスフィニッシュにしないことで木がよく振動する。表面積が多いことによってサスティーンが長く豊かな響きになる。木の表面に凹凸があるのがポイントだそうだ。
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花村さんの楽器はとにかく木材のオーガニックな質感や鳴りを活かす、という至ってシンプルなもの。今となっては珍しいもののように思えるが、そもそも1950年代まではごく普通に使われていた製法ばかりだ。(実際にGibsonのフルアコギターなどは当初単板削りだしで製作されていた)
時代が下るにつれ、木材を効率よく使うために集成材やベニヤ構造が生まれ、楽器の見栄えを良くするためにポリウレタン塗料が開発された。そういったある種の合理化の流れに逆らって、本来あるべき姿で楽器を作り続けているのが花村さん。
そんな魅力的な楽器をたくさん作ってきたハナムラ楽器に感銘を受けたものの、楽器はハンドメイドだけあって、一応それなりの良いお値段はする。(もちろん内容から考えたら破格なのだけれど)なので、貧乏時代が長く続いていた僕にとっては十分高額なものだったので、当時は楽器をすぐにオーダーすることはまだできなかった。欲しかったけれど最優先にして買うことができなかった。
数年後、とある楽器に出会うまでは…(つづく
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